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2009.05.28

スポーツ中継の「絶叫アナウンス」も、テレビ離れの一因では?

昨今のテレビについて、「面白くない」「やかましい!」「うるさいだけ」などの声が聴かれる。、“テレビ離れ”が続いて、視聴率も全体的に低下傾向なんだそうだ。

私も「うるさい!」という意見に同感なのだが、特に、民放のスポーツ中継のアナウンスは何とかして欲しいと思う。
野球なら「逆転さよならホームラン」を打った時や、サッカーで「勝ち越しゴール」を決めた時の「グオォ~~~~ル!!!」などが耳に障る
アナウンサー自身が興奮してしまい、何をしゃべっているのかさえ聞き取れないほど。絶叫と言うか、がなり立てると言うか、吠えると言うか・・・・。あれは、止めて欲しい。

漫才や落語で、出演者自身が先に笑ったのでは話にならない。プロとは言えない。「客を笑わせてナンボ」の商売だ。
アナウンサーも同じで、視聴者を興奮させ、熱狂させるのが使命だ。その仕事で金を貰っているはず。自身が先に興奮して冷静さを欠いていたのでは、プロの資格はない。

情景描写能力や表現力が鍛えられていないから、感情でカバーしようとしているのだろう。
いつか見た旅行番組で、外国の壮大な観光地を初めて見た若い女性タレント(いわゆる“ギャル”)が、「スゴォーイ! ウワッ、ウワッ、スッゴーイ!、ナニッ、コレ!」という、何とも貧弱な表現の連発で描写を終えてしまうのを見た。観光旅行番組なんだから、ディレクターには、事前に表現方法を吟味しておく時間くらいあったはずなのに・・・・。
最近は、番組作りが実に安直になっている。これでは、テレビを見る人は遠ざかってしまう。

競馬中継には、実況アナウンスで有名な杉本清という名アナウンサーがいる。緊迫感の中にも「泣かせる」ような情景描写をして、視聴者を引き込んでゆく。
野球番組では、ボールの速度や球種、投球数などのデータにこだわり、スタンドの雰囲気や選手の心理状態、選手同士の心の機微などを適確に伝えてくれるようなアナウンスは少なくなってきた。

スポンサーが番組提供から下りるのは、なにも経済の低迷だけが理由ではない。感動するような面白い番組をテレビ局が作ってくれないのも、背を向ける一因だと思う。
そのためにも、アナウンサーも普段から、“ネタ帳”に「逆転をしたときの表現方法」などを書き留めるなど、実況アナウンスの描写方法に工夫をして、テレビを、もっと楽しいメディアに育て上げて欲しいと願っている。

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2009.05.20

“神戸花鳥園”は花も鳥も極彩色です

神戸三宮からモノレールの“ポートライナー”に乗ると、神戸空港へ着くすぐ手前に、“神戸花鳥園”がある。
花と鳥とのふれあいを基本とした全天候型のテーマパークで、大きな温室構造。その中では、無数の花が咲き誇り、放し飼いにされた数々の鳥たちが戯れている。
神戸花鳥園の公式サイトは、こちら。

膨大な数の極彩色の“フクシア”の花が、頭上に渡したバトンに“吊り鉢”を下げて植えてある。来館者は、その花の下を散策し、顔に当たる花を目の前にしながら通り抜ける。

花には、バトンから茶色の細いチューブを通じて鉢に供給し、まるで“点滴”をするように水に溶かした肥料(液肥)を与えている。したがって、ホースで水やりをするのとは違い、フロアーが水浸しになることも、室内が湿気ることもない。咲き終わった花や枯れた葉などは、スタッフが移動式の昇降機に乗って小まめに入れをしている。
日頃、ガーデニングを楽しんでいる私には、花の栽培や手入れの方法も参考になった。

Photo “スイレン池”には、葉の直径が2m近くもあるハスのオニオオハシが浮かんでいる。
そばの通路に、その葉を裏返して展示してある。裏側は、1辺が5~6㎝くらいのマス状の仕切りが蜂の巣のように規則正しく並んでいて、葉の裏側に空気を抱き込むような構造になっているのが分かる。自然の生物は、ほんとうに巧く工夫して生き続けているものだと感心させられる。(写真をクリックすると拡大できます)

池の回りの通路を歩いていると、水鳥が、エサをおねだりしながらゾロゾロと着いてくる。頭の上の木の枝に留まったクジャクが、突然、大きな鳴き声を出して驚かされた。

Photo_2 “ふくろうショー”では、多くの来観者が取り囲む中を、ふくろうがスタッフの指示どおりに飛んで、愛嬌を振りまいている。人によく慣れていて、カメラのストロボを近くで光らせても怖がらない。

Photo_7 その後方では、縫いぐるみのような子供のフクロウが、木に留まったまま、身動きもせずに居眠りをしている。スタッフが、ネズミの肉をピンセットで与えると、喜んでついばむ。野菜類は一切食べないが、栄養が偏らないように、肉だけではなく骨なども一緒に与えているのだそうだ。

鳥などは、ケージに入れて飼育されているのを外から見るのではなく、「人がケージに入って見る」という鑑賞スタイル。エボシドリや大きな赤いクチバシのオオハシなどが頭上を飛び交い、仲良く並んで居眠りをするインコも、至近距離で見ることが出来る。

Photo_6 聞くと、ここは市営でもなく県営でもなく、民間企業の運営なのだそうだ。大人1人が1,500円の入園料は高い印象もあるが、映画を1本見ることを考えると、ま、リーズナブルと言えるだろう。パンフレットは日・英・中・韓の4カ国語で、写真は新しいし、仕上がりも美しい。
掃除や花の手入れをしているスタッフに質問をすると気軽に教えてくれるし、熱帯の鳥ゾーンでも、野鳥が自由に飛び交っているにしては清潔だ。

訪れたのは、5月の連休明けの平日だったが、大勢の人が来ている。車椅子を使っている人も目にについた。
植物園などで、「一面が花壇」というのは珍しくないが、ロビーやレストランには、温室の天井のガラス窓が見えないほど多くの色とりどりの花が吊り下げてあるのは珍しい。
頭上一面に広がる花を見ながらの食事は、別天地だ。
ボォ~と、ゆっくりとした至福の時間を過ごすにはいい。
こうべ、Kobe

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2009.05.03

“そうめん”の束を巻いた“色帯”が外しにくくて困ります・・・・

“そうめん”を食べようと、束を巻いた帯を外そうとしたのだが、先端が判らない。
束の先端には、少しだけ“引き出し口”があるのだが、それが短い。しかも、“引き出し口”が帯にへばり付いている。“引き出し口”を探そうと帯を触ると、ある方向では巧く見つかるが、逆さ方向に触ると見つけにくい。

Photo たまたま別のメーカーの“そうめん”の帯を外そうとすると、こちらは、“引き出し口”が少し長く(約5㎜?)、少しだけ浮き上がっているので、少しだけ外しやすかった。(写真をクリックすると拡大。左の商品は、先端が僅かに浮いているが、右のは密着していて外しにくい)

キッチンで慌ただしく束を外そうとすると、どっちのメーカーの商品でも、イライラしてしまう。
もう少し、“引き出し口”を長く(せめて約1㎝くらいに)するとか、帯とは逆向き(外側)にカールさせるとか、紙を厚くするとか、やや斜めにずらして巻き取るとか、何とかならないかなぁ・・・・

帯を解いて外すのではなく、そうめんを5~6本抜いて帯を緩くしてから、帯を抜き取るという方法もある。これだと、人数が多いときには束数が多くなるので手際が良くない。

“そうめん”には、確かに、舌触りやコシ、モチモチ感などの“食感”が大切。しかし、帯の先端の“引き出し口”を探すのにイライラさせられるのは、必ずしも商品として完成しているとは言えない。
特に、指先の細かい動きが不自由になりがちの高齢者には困りもの。長年の老舗の伝統のデザインを守るのも大切だが、新技術を駆使して、なんとか「外しやすい帯」にしてほしいと願うものだ。

食品は、美味しくて、安全・安心が大切。
しかし、「パッケージから食材が取り出しやすい」とか、「テキパキと手際よく調理できる」という“易開封性”(開けやすさ)も、商品力としての大切な要素だと思う。
食品パッケージのユニバーサルデザイン化(バリアフリー化)は、これからの商品の付加価値として、軽々しく考えてはいけないはず。メーカーのパッケージデザインの担当者は、もっと“易開封性”に関心を持ってほしい。
消費者の声を隅々にまで反映した“気配り商品”に期待したいものだ。

<追記>
同じく食品パッケージの易開封性についてのブログ「ゴーフルの缶のテープが剥がしにくくて困るのです」(2009.6.16)は こちら

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