« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »

2009.02.26

「第九」の日本初演の地、鳴門市「ドイツ館」を見てきました

09225 徳島県鳴門市にある「ドイツ館」へ行って来た。
この建物は、この地に「板東ドイツ人俘虜収容所」が1914年に開設されたことを記念して建てられたもの。(写真をクリックすると拡大)

開設当時の収容所の広さは、ほぼ甲子園球場くらい。収容人員は1千人あまり。
この俘虜収容所は、国内各地にあった他の収容所にはない比較的自由な生活が許され、地域の日本人住民との交流も活発に行われていた。
そのひとつが幾度も開催された演奏会で、日本で初演された曲も多い。特に1918年6月1日に、ベートーヴェンの交響曲第九番、いわゆる「第九」が日本で初めて演奏されたことは有名だ。演奏会で使われた楽器は手作りのものもあり、また合唱団に女性がいなかったため、「第九」の女声パートは男性が歌った。
初演に至る物語は、2006(平成17)年に「バルトの楽園(がくえん)」として映画化された。

この俘虜収容所が例外的な運営がされたのは、所長の松江豊寿大佐が会津藩出身で、「彼らも母国のために戦争で戦ったのだ」という「敵をも敬う」という信念を持っていたから。組織の性格は、その組織のトップの思想で決定づけられることを実証している。
「第九」が初演できたのは、それ以外に、いくつかの好条件が揃っていたからのようだ。
つまり、所長の補佐役のナンバーツーとしてドイツ語に堪能な高木繁大尉がいたこと、四国四十八個所の札所が近くに複数あり「訪問してきた人は誰でも歓迎し親しく接する」という精神的な風土が地域社会に根付いていたこと、中国の青島でドイツ軍の軍楽隊長をしていた人物やプロのヴァイオリンニスとも俘虜の一員にいたこと・・・・などの条件に恵まれていた。

「ドイツ」館の近くには、映画のロケ地跡、俘虜の慰霊碑、俘虜が地元住民のために作った石造りの「ドイツ橋」などが残されている。

「ドイツ館」の駐車場脇には、2006年7月8日にオープンしたドイツ軽食喫茶の「インビス」がある(写真の左の長屋)。
この建物の骨組みは、第一次世界大戦当時に板東俘虜収容所で兵舎として使われていたもので、徳島県の登録有形文化財に指定されている。

ドイツに行った気分を思い出しながら、「ドイツ館」でフランケンワインを土産に買った。

「ドイツ館」のサイトは こちら

[第九の初演]
年末になると日本では各地で「第九」が演奏され、小規模な演奏会も含めると200を超えるとも言われている。かく言う私も、“健康維持”を目的に、何度かオーケストラをバックに晴れの舞台で歌っている。今年も挑戦したい。

「年末に『第九』を歌うのは日本だけ」という声も聞く。しかしどうも、その意見は正しくないようだ。
聞くところによると、第一次世界大戦が終結した1918年の12月31日、つまり大晦日のこと、ドイツのライプツィヒの市民が「平和・自由祭」を開催し、ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で、市民300人による合唱団を編成して「第九」を演奏した。夜の11時に演奏を始め、12時きっかりに第四楽章の「合唱」を歌い始めた。
当時、疲弊していた国民感情が、この演奏会をきっかけに結束し、国家再建に向けて歩み始めたという。
その伝統は、第二次世界大戦のために一時中断はあったものの、ゲヴァントハウス管弦楽団による「年末の第九」として今も受け継がれているそうだ。その習慣は、ドイツ国内の他のオーケストラも採り入れるようになった。

もちろん偶然だが、鳴門で1918年6月に初演されたのと同じ年の大晦日に、ライプツィヒで演奏されたことになる。

一方日本では、1937年に新交響楽団(現在のNHK交響楽団)の常任指揮者として就任したヨーゼフ・ローゼンストックが、「ドイツでは大晦日に第九を演奏するのが習慣になっている」と紹介し、その後、NHKが年末に演奏するのが習慣となり、さらに多くのオーケストラが演奏するようになって、今に至っている。

| | コメント (0)

2009.02.19

「・・・させていただきます」の乱発が耳に障るのです

聞き違いかも知れないのだが・・・・
三重県の伊勢保健所の担当官が、賞味期限の偽装をした和菓子メーカーの社長に営業禁止命令書を手渡した。その光景がテレビのニュースで報道され、私の目には、社長に対して「無期限の営業禁止処分にさせていただきます。」と言って命令書を手渡していた・・・・ように聞こえた。

たとえば・・・・・
電機メーカーの社長が新製品発表会で、「新製品を発売させていただきます」
セミナーに行くと、司会進行役の営業担当者が営業本部長を紹介し、本部長は、「ただ今ご紹介いただきました営業本部長の○○でございます」
電車の車掌が車内アナウンスで、「ドアーを閉めさせていただきます」
団体の理事会や株主総会などに、「出席させていただきます」
テレビのレポーターが事件現場からの中継で、「こちらの状況をお伝えさせていただきます」
ラジオのDJが番組で、「では次の曲をお送りさせていただきます」
デパートの売場で、「箱に入れさせていただきましょうか」
乗り物に乗ったり劇場などで「車内(館内)は全面禁煙とさせていただきます」
表彰を受けた人が挨拶で「このたびは名誉ある賞を授賞させていただき・・・・」
税務署の申告書類を提出しようとすると、「内容について説明させていただきます」

なぜ、そこまで“尊敬語”を使わなくてはいけないのだろう。
「新製品を発売します」「ドアーを閉めます」「お伝えします」「お送りします」「お入れしましょうか」「禁煙です」「説明します」の方が簡潔でいいと思う。何より、言いやすいし・・・・。

冒頭の例(聞き違いかも知れないが・・・)は、「営業禁止処分とします」でいい。監督責任を担っている役所が民間会社の不祥事に、尊敬の念を表す必要など全くないはず。

テレビを見ていると、中小企業の社長さんがマイクに向かって、「先日、銀行から、『融資は出来ない』との通知をいただきました」。会社が倒産の危機に陥っている大変な時に銀行に融資を申請して断られて、なぜ丁寧語を使うの?

こうした過剰なまでの敬語、丁寧語の乱発が、昨今、日常化しているように見える。こうなると、肝心の敬語の価値が無くなってしまい、本来の敬意を表すという意志表示が正しく伝わらなくなってしまう危険を感じてしまう。
言語学者の先生方、如何お考えでしょうか?

本日のコラムは、このへんで、終わりとさせていただきます。

| | コメント (0)

2009.02.13

アメリカの大統領や政府高官も“外遊”をしてるのかなぁ?

日本の新聞、テレビなどのマスメディアが、「オバマ大統領、初の外遊先はカナダと発表 ホワイトハウス」などと報じた。また「ヒラリー・クリントン国務長官、初外遊先は日本? 米紙報道」とも。

私が気になるのは、ホワイトハウスや米紙が、実際に“外遊”と報道したのか?
1月28日に行われたホワイトハウスのプレスブリーフィングでは「first foreign trip」と説明している。旅行であり、出張だ。
これを「外遊」と訳すのが正しい報道なのだろうか?
海外のメディアの見出しを拾ってみると、first foreign trip、first international trip、travel to、visit to などと報道している。“遊び”のニュアンスはない。

日本の政治家や公務員、外郭団体や公益法人の理事などが海外視察と称して外国へ出かけることは、メディアでは慣例的に“外遊”と表現されている。
この文字面からは、外国へ「遊びに行く」としか読めない。実際に、その実態が観光旅行に近いと、一般市民の誰もが思いこんでいる。「公務員の役得」と見ている。悲しいかな、「観光の合間に、簡単な打ち合わせを挟んでいる」と見えることすらある。まさしく“外遊び”だ。
むろん、全てがそうだとは思ってはいないが、役人の“海外視察団”が問題になることは少なくない。

民間企業では、一般には“海外出張”や“ビジネス渡航”などと呼ぶことが多いが、“外遊”とは言わない。
むろん、ケースにより、会社により、人によって違うが、出発の何日も前から、準備でパニック状態になる。飛行機の中でもスタッフと打ち合わせをしたり資料に目を通したり。
現地に着いてからも息つく暇もなく走り回り、効率よく仕事をするために工夫をする。夜もホテルの自室から本国とメールのやり取りをする。やっと最後の日やオフィスが閉まる週末になって、近くのマーケットへの買い物や博物館などを見に行く程度。むろんゴルフもして鋭気を養うし、見聞を広めるために観光地へも行く。それも、その国の社会文化を理解しビジネスに活かすとともに、見聞を広めたいという自覚が強いと思う。
決して“外遊”のイメージはない。

海外視察をして見聞を広げることは重要なことだ。しかし、海外に行って現地を見ても、日頃の問題意識、視察の目的意識を持っていなければ、何の成果を上げることも出来ない。「現地を見てきた」で終わってしまう。

では、アメリカの大統領や国務長官の海外旅行も、同じような“外遊”をしているのだろうか?私の理解では、少なくとも“外交”のための現地との交流を深めようとする意識が、日本の政治家よりも格段に強いと思う。時間感覚も鋭いと思う。
日本の公務員と同じように、海外の政府首脳の外国訪問に対してまで“外遊”という表現を使うのは、外交上、礼を失するようにさえ思えるのだがどうだろう?

なぜ公務員に限って、“外遊”という言葉を使うのかは知らない。「遊びに行く」ことを、メディアは黙認しているのだろうか。
ひょっとしたら、見出しに“外遊”の文字を使うことに違和感を感じないマスメディア自身も、日頃から“外遊”をしているのかな?

| | コメント (0)

2009.02.11

LED化した信号機の“目玉(発光部)”はひとつに

我が家の近くでも、LED化(発光ダイオード化)された信号機が珍しくなくなってきた。
消費電力が少なく、光源であるLEDの寿命が長くて交換期間が長い・・・・などの理由から、従来の電球方式から積極的にLED方式に切り替わっている。環境問題が普及の後押しをしている。

1_3 従来の信号機は通常、右の図のように、青、黄、赤のレンズを順次切り替えて点灯する構造になっていて、LED化された現在の信号機も、同じようになっている。
電球方式の場合、光源の色は白に近いため、着色したレンズを使って3色に点灯させている。したがって色を切り替えるには、レンズ部を切り替えて点灯させる方法しかない。
しかしLEDでは光源そのものに色が付いていて、しかも光源の1つ1つは小さい。

2 そこで、右図のように信号機の“目玉”をひとつにして、3色を混在させて1個所から光らせる方式を提案したい。

“目玉”を1つにすると、信号機の構造が簡単になって安くなる、しかも本体が軽くなるため工事が簡単で公共予算も削減できる、小型になるから景観的にも優れている・・・・というメリットがある。

図の信号機の上部が“へ”の字になっているが、これは“鳩”が留まらないようにするための工夫。留まろうとしても滑り落ちてしまうため、信号機がフンで汚れにくい。(これは、LED化とは別の話し・・・・)

こんな提案をしても、おそらく、「道路交通法では認められていないからムリ」との反論が出そうだが、だったら法改正をすればいい。
現状ではルール上は出来ないかも知れないが、時代とともに新技術が登場するのだから、時代に合わせて法や制度も改めれば良いはず。
一般道路には直ぐに導入できないのであれば、手始めに、鉄道や広大な事業所などの構内の信号で採用すればいい。

ただ気になるのは、本体の値段や設置工事費が安くなると、信号機のメーカーや工事業者が渋い顔をするに違いないことだ。しかしまぁ、それも、時代の流れとして、納得を期待したい。

1 反対意見として考えられるのが、「色覚障害者の視認性」。つまり、「3灯式であれば、3つの“目玉”のどの場所が点灯しているかによって色が判断できるが、1個所だと、色の判別がつかない」という意見が聞こえてきそうだ。
だったら、色覚障害者は、夜間の暗闇の中でも、3灯のうちのどの位置が点灯しているかが遠くからでも判別できるのだろうか?
もし視認性を向上する必要があれば、LEDの素子の並び方を、たとえば赤の場合は横一文字のに、青は型に、黄はにするなどの方法もある。もちろん、国際基準も考慮しなくてはいけないが。

| | コメント (0)

2009.02.06

「転勤はいたしません」を付加価値にする営業マンが増えてきた

証券会社や銀行などの金融機関から、“販売促進”の電話が掛かってきたり、ポストにチラシや名刺が投函されることがある。

電話の場合、私は、「ウチのフトコロは、とても財産を運用するほどのゆとりはありませんので、他の人を当たって下さい・・・・」と言ってお引き取り願うことにしている。
それでも、「今は円高で、二度とない買い時ですから・・・」などとしつこく言うと、「だから、当方にはゆとりはないのです。切ります」と語気を荒くして電話を切ってしまう。
こっちから、「儲かる儲かると巧いことを言っても、営業の人は2~3年ごとに転勤してしまうし・・・。大損をしても文句を言う相手がいなくなってしまう」と苦情を口にすることもある。

ところが昨今、多くの見込み客が同じ苦情を言うのか、販促の姿勢が変わってきたように見える。
「私は地域に密着した営業をしております。原則として転勤はありませんから、末永く、親身になってご相談させていただきます。」という類の“ご挨拶”が珍しくなくなってきた。
担当者がコロコロ変わるのは、責任ある営業活動とは思いにくい。営業担当者が、「自分のポイントを稼いだりノルマを達成するために、儲かる商品を押しつけている」ように見えることも多い。後日、「文句を言おうとしたら、相手はすでに遠くの営業所へ転勤してた」という苦い経験もある。

せめて4~5年は、同じ担当者と財産運用に関する全体的な相談をしながら・・・・というのは、これからの金融業界にとって、大切な付加価値だと思う。単に金利が高いとか、キャッシュカードに生体認識方式を採用しているとか、ティッシュをたくさんくれるとか、窓口担当者のユニフォームが可愛い・・・・だけではないはず。

「長年にわたってお付き合いを」と言われても、イヤな営業担当者につきまとわれるのはイヤだけど・・・・。そんな時は、上司を捕まえて、変わって貰おう。

「ところで、私の電話番号は、どこで調べたのですか?」と聞くと、セールス担当者は決まって「電話帳で調べました。アットランダムに掛けています」と答える。それが本当かどうかは、確認のしようがないが。

営業担当も、経験を積み、いろんなケースの“想定問答集”を作っているのだと思う。飛び込み電話を掛けて、電話を切らせずに、少しでも長く、親しく話をするのがコツなのだろうが、苦労のほどが分かる。

こっちも、売り込み電話が来たときの“想定問答集”を作ることにしよう。

| | コメント (0)

2009.02.01

風呂場とトイレだけでも、窓の断熱対策を強化しておくべきだと思います

年間1万4千人も死亡する「入浴事故」。しかも事故のほとんどは冬場に発生しているという(NHK-TV 「ためしてガッテン」2009年1月27日放送より))。

番組によると・・・・
特に“熱風呂”に入ると低血圧になりがちで危ない。そこで対策として、湯船に40℃のお湯を入れたあと、湯船に43℃のシャワーを3分間注ぐのがいい。こうして、浴室を湿気混じりに暖めておき、浴室内が暖かく感じられるようにしておく。
つまり冬場は、お湯の温度と室温との差が大きいため、事故が発生しやすいようだ。

私は快適に入るために、浴槽に熱いお湯を3分の1ほど注ぎ、10分ほど放置しておくという工夫をしている。そうすると、バスタブ全体が暖かくなり“ヒンヤリ感”がなくなる。風呂場も湯気で暖かくなる。浴槽の底の部分だけが冷たくなることがあるから、2~3分に1回ほど、お湯をかき回すとベスト。
実際に入るときには、お湯が冷めているから、熱いお湯や水を入れて適温に調整する。

ところが、窓が外気で冷やされて風呂場の温度が下がってしまうため、あとから入る人は寒いし、浴槽から出ると寒い。
そこで思うのだが、風呂場とトイレだけでも、窓の断熱対策をしておくべきではないだろうか。
むろん、家の全てを外断熱や二重ガラス、樹脂サッシにするのがベストだろうが、高くなる。
だから、日本の家屋の多くが北側に配置されている浴室とトイレだけでも、断熱対策を強化しておくべきだと思う。ふつうは、窓がひとつずつしかないから、費用も安くて済む。
ちなみ我が家では、トイレの窓の内側に木で枠を作り、テーブルクロス用のビニールシートを張って、窓にはめている。ビニールシートにした理由は、ダンボール状のプラスチックの板を探したが見つからなかったのと、安いから。
自家製の、二重窓、木製サッシだ。暖かくなると枠ごと外す予定。

| | コメント (0)

« 2009年1月 | トップページ | 2009年3月 »