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2009.01.30

欧米音楽に込められた力強い“メッセージ性”

バラク・オバマ新大統領就任式での大統領宣誓を前にして、ソウルの女王アレサ・フランクリンが愛国歌『 America(My Country 'Tis Of Thee)(通称:アメリカ)』を歌った。

「America(My Country 'Tis Of Thee)」
この曲の作詞者はサムエル・フランシス・スミス牧師で、その内容は、「我が祖国よ、美しい自由の国をたたえ私は歌う。父が骨を埋めた国、開拓者の誇りとする国。すべての山々から、自由よ鳴り響け」(木山ロリンダ・斎藤真由美訳)。メロディーは英国国歌から採られている。

この曲が初めて歌われたのが1831年7月4日のアメリカ独立記念日というから、リンカーンが1861年に大統領に就任するよりも30年も前のことになる。現在のアメリカ国歌「星条旗 The Star-Spangled Banner」は1931年に採用されたが、それまでの100年間、この曲が事実上のアメリカ国歌として扱われてきた。

またこの歌詞の冒頭部分は、公民権運動の指導者キング牧師が、1963年の“ワシントン大行進”の際に行った有名なスピーチ「I have a Dream(私には夢がある)」で引用された。

今回の宣誓式でアレサ・フランクリンが熱唱した約3分間は、オバマ新大統領が約19分間にわたって「自由と新生」を熱弁した就任演説の前奏曲とも言えるだろう。キング牧師の意志を受け継いだオバマ新大統領の演説が、歌の“メッセージ”と力によって、さらに強く米国民の心に共鳴を与えたようだ。

ベートーヴェンの「第九」
日本で年末に各地で演奏されるベートーヴェンの交響曲9番、いわゆる「第九」も、第4楽章の合唱の部分では、「人類はみな平等。自由を勝ち取ろう、世界の人々は兄弟のように愛し合おう・・・」などと訴えている。
「歓喜よ、神々の麗しき霊感よ、天上の楽園の乙女よ、我々は火のように酔いしれて、崇高な汝(歓喜)の聖所に入る。汝が魔力は再び結び合わせる。時流が強く切り離したものを、すべての人々は兄弟となる」

シベリウス「フィンランディア賛歌(Finlandia hymn)」
北欧のフィンランドは、長年にわたって帝政ロシアから圧政に苦しめられ続け、独立運動が起きていた。そうした政治的背景の中で、シベリウスが1900年に作曲した交響詩「フィンランディア」は愛国心を鼓舞する曲だった。その曲に挿入されている「フィンランディア賛歌」の歌詞は、1940年になって、シベリウスのメロディに詞をつけたものだ。当時、ソビエト連邦からの侵略によって国家存亡の危機に直面しており、フィンランド国民を奮起させる内容だ。「第二の国歌」とも言われている。
歌詞の内容は、「さあ立ち上がれ、スオミ、高々とあげよ。偉業の記憶の花束で飾られた自分の頭を。さあ立ち上がれ、スオミ、お前は世界に示した、他民族による支配をはねのけたことを、圧政に屈しなかったことを、お前の一日が始まるのだ、祖国よ・・・・」(松村一登訳)(注:スオミはフィンランドの正式国名)

愛と平和を訴えた「ウッドストック・フェスティバル」
1969年の8月、アメリカ、ニューヨーク州郊外の広大な農場で3日間にわたって開催された野外ロックコンサート「ウッドストック・フェスティバル」には、40万人を超す若者たちが集まった。ベトナム戦争が泥沼化する社会的背景の中、音楽を通じて、「愛、平和、反戦」と人間性回復を訴える大集会となった。その後、数多くのミュージシャン、フォークソンゴシンガーたちに大きなインパクトを与え、メッセージ性の強い伝説的音楽祭となった。

日本の歌と欧米の歌の違い
以上のように、クラシックやソウルミュージック、黒人霊歌など欧米の歌では、団結や生き方、博愛、自由、独立、愛国心、祖国愛、人類愛・・・・などをテーマとした“メッセージ”を強く訴える内容が多い。
1960年代に若者が好んで歌ったフォークソングの大半は、“反戦”をテーマとしたメッセージ性の濃い内容の曲だ。また我々に馴染みの深いミュージカルの中にも、「ウエストサイドストーリー」や「ポギーとベス」「屋根の上のバイオリン弾き」などのように、人種問題をテーマとした物語も多い。華やかなステージの演出にも、メッセージが組み込まれている。

一方で日本の音楽は、悲しみ、喜び、熱愛、恋愛、懐かしみ、美しさ、幸せ、酒、花・・・など、人の感情など、心の内面をテーマとした内容が多い。いわば音楽に、“安らぎ”や“癒し”“快楽”“情緒”を求める傾向が強い。

欧米の音楽を聴く時、日本の曲と同じ視座に置い聞くと、その意味の深層を正しく理解することは出来なくなる。
「第九」も、「ともに喜び合おう」と歌ったのでは、ベートーヴェンが描いた意図を汲むことは出来ないような気がする。

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2009.01.25

ビジネスメールによる“入社/転職ご挨拶”のサンプル

「ビジネス電子メールの攻略」の目次は こちら。

学生時代を終えて就職し、晴れて新入社員として旅立つ時、あるいは新しい会社に転職したときの挨拶は、最近ではメールを使うことが増えている。

友人・知人、仲間、学友、親戚、恩師、以前に勤めていた会社の元同僚や元取引先、新しい会社の関係者や取引先・・・など、人によっては、通知先は何百人にもなる。
メールを使えば、印刷した挨拶状と比較して郵送料が安いこと、印刷や発送の手間が掛からないこと、正式の配属先名称や肩書き、連絡先が決まったら直ぐに大勢の人に連絡することができること・・・などのメリットがある。

挨拶メールの内容では、新しい職場の、正式社名、略称・通称名、関係会社や子会社であれば親会社との関係、本人の勤務先の住所、URLアドレス、所属部署、電話番号、FAX番号、メールアドレスなどを伝える。秘書やアシスタントがいれば、その名前。あるいは転職、転籍、転勤、異動の経緯。

知人などに送付する比較的カジュアルな内容と、取引先などに送付するフォーマルな内容のように、使い分けた方がいい。フォーマルなメールでは、自宅の住所など私的な情報は記載しない方がいい。もし単身赴任や海外勤務の場合で、相手と親しい間柄であれば、留守宅の住所と電話番号なども伝えておく。

厳重に気をつける必要があるのは、多数の送付先のアドレスを書いて複数の宛先へ“同報メール”の形式で送る場合、Bcc: 欄にアドレスを書くこと。To: 欄や Cc: 欄にアドレスを書き込むと、アドレスが全員に公開されて迷惑を掛けてしまうことと、自分自身の交友関係がオープンになってしまうためだ。

こうした挨拶メールは、内容を連絡するだけではなく、普段、疎遠になっている人に、自分自身の消息を知らせる意味もある。長年、特別の用件もなくてコンタクトをしていない相手でも、この機会に送っておくと知己が広がる。
多くの人から返信が来るから、相手の消息を知ることも出来て、交流が復活することもある。

入社の挨拶メールを貰ったら、新社会人としての前途を祝福し、激励するのが良いだろう。もし関心があれば、先方の会社の事業内容や仕事の内容を聞くと、人脈拡大や思わぬ取引に繋がるかも知れない。

(ご参考)
「就職活動のための「資料請求メール」のサンプル」は こちら

以下は、入社・転職挨拶の例です。内容に加筆・修正して、ご使用下さい。

<フォーマルなサンプル>
(このメールは、Bcc: で送信しました)
―――
○○株式会社 ○○様
日頃、お世話になっております。
私は、このたび4月1日付で○○株式会社に入社し○○部で○○の業務を担当することとなりました。
1日も早く新しい環境に慣れ、これまでの経験を活かして新しい職務に励む所存でございます。
今後も、これまでと変わらぬ、ご指導を賜りますようお願い申し上げます。
メールで失礼とは存じますが、取り急ぎ、ご連絡申し上げます。

勤務先社名:○○○○株式会社
所属   :○○営業所 ○○課
勤務先住所:〒000-0000 ○○○○
連絡先  :電話 ○○○○ FAX ○○○○
メール  :○○○○

<カジュアルなサンプル>
(このメールは、Bcc: で送信しました)
―――
○○様
やっと暖かくなってきましたね。
すっかりご無沙汰をしていますが、その後、いかがお過ごしですか。
私は、このたび○○大学を卒業し、4月1日付で○○○○株式会社に入社いたしました。
配属先は○○営業所○○課で、○○の仕事をすることになっております。
オフィスは、○○駅から北へ徒歩○分という交通至便な場所です。
1日も早く新しい環境に慣れ、これまでの経験を活かして新しい職務に励むつもりです。
取り急ぎ、ご連絡申し上げます。
お時間がありましたら、近いうちにぜひお会いしたいですね。

勤務先社名:○○○○株式会社
所属   :○○営業所 ○○課
勤務先住所:〒000-0000 ○○○○
連絡先  :電話 ○○○○ FAX ○○○○
メール  :○○○○
自宅住所 :○○○○
個人メール:○○○○

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2009.01.22

“米ドル”に偏重しているマスメディアの為替情報報道に疑問

昨夜(2009年1月21日夜)の為替の動きは、荒っぽかった。ドルもユーロも豪ドル、NZドルも、1時間に3~4円動くという有様だった。
お小遣い程度の、ささやかな我が家の投資信託だけど、国際金融危機の大波の直撃を受けて大幅に目減りしてしまった。

昨今の国内経済の動きは、かなり外国為替の変動に左右されている。輸出入だけではなく、海外旅行や個人の金融資産などへの影響も大きい。かつて、個人資産と言えば預貯金、せいぜい株式が中心。しかし今では、投資信託、債券などで金融資産を幅広く運用している人が増えている。そしてそれらの資産価値は、為替や株式の変動の影響を大きく受ける。
つまり、経済界だけではなく、個人ですら、為替の動きに関心を持たざるを得なくなっている。しかも今日は、米ドルだけではなく、ユーロ、オーストラリア・ドル、ニュージーランド・ドルなどの通貨への関心も大きくなっている。

そうした社会的な情報ニーズが拡大しているにもかかわらず、テレビのニュースなどの最後に報道される「マーケット情報」の大半は、「現在の日経平均株価」と「米ドル」だけ。国際取引の多くは米ドルが中心だから仕方ないが、音声では米ドルだけにして、画面の文字だけでもユーロや豪ドルなどの動きも伝える必要があると感じている。

株価をアナウンスしている間に、数値が変わることがある。すかさずアナウンサーは、「ただ今変わりました。○○円○銭になりました」と瞬時に伝えることがある。それだけ小回りを利かす余力があるのであれば、ユーロ、豪ドルなども、文字だけでも伝えてほしい。

それに、「↑○○.○○円」と書かれても、円高なのか円安なのか、瞬時に判断に迷うことがある。「○○.○○円円高」と表示した方がはっきりする。

というより、ニュース番組の放送中は、画面の角に小さい文字で、マーケット情報の数値を表示しても良いと思う。たとえば、テレビ東京発のビジネス番組「ワールドビジネスサテライト WBS」のように。

報道機関には、「市民が関心を持っている。知りたがっている」から報道するだけではなく、「関心を持たせるため」に放送するという教育的使命、世論形成の役目もあるはずだ。視聴者が国際情勢に、よりいっそう理解を深めるようになるためにも、「ドル偏重の金融情報」から脱してほしい。

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2009.01.20

もうすぐ春。野鳥が動き始めました。

Dsc00748_3今日は大寒。もうすぐ春です。
毎朝、野鳥のさえずりが聞こえます。

阪急電鉄神戸線「夙川駅」のプラットフォームの真下を、「夙川」(しゅくがわ)が流れています。

先日、川縁を散策していると、鳥が遊んでいるのが目に留まりました。
「水ぬるむ・・・・」と言うには、少し早いですが。

早速、たまたま持っていたデジカメで撮りました。
3種の野鳥4羽が、のんびりと羽を休めています。(写真をクリックすると拡大します)
野鳥の姿を見ていると、こちらも癒されてくるのは、気のせいでしょうか。

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2009.01.16

大相撲の報道カメラのストロボ連射にビックリ!

大相撲のテレビ中継を見ていて、妙なことに気付いた。
これまで気にしたことがなかったのだが、土俵のソバに構えている報道カメラマンが手にしているカメラの“連射”がすごいのだ。
まるでフリッカーのようにストロボが連続的に光っている。横綱級や注目されている取り組みになると、一番(ひとつの取り組み)で、1人のカメラマンが、おそらくナン百枚も撮っているように見える。

Photo デジカメがなくて、ストロボもない昭和30年代、40年代には、通称“スピグラ”(スピードグラフィック)と呼ばれるカメラが主に使われていた。蛇腹を伸ばすと、雑誌“文藝春秋”を5~6冊重ねたくらいの大きさのカメラだ。(右の写真。クリックすると拡大)
一発撮影する度に、撮影済みのフィルムをカメラの背中に取りつけてあるフィルムパック(1枚のフィルムは、約10㎝×12㎝)から引き出す。また発光はフラッシュ方式で、一発光らせると、タマ(閃光電球。バルブ)が熱くなっているから直ぐには外せない。少し待ってガマンしながら外して、次の撮影に構える。この間、短くても10秒は掛かるのだろうか。

つまり“連射”なんて、とてもとても・・・・。次の撮影をしようと準備体制が整ってファインダーを覗いた時には、すでに取り組みが終わっている。一番で撮れる枚数は、せいぜい1枚か2枚だろう。
そうなると、一発の撮影の一瞬に命を掛ける覚悟が要る。

それと比較すると、世はデジカメ時代。
プロ用の“デジタル1眼”は軽いし安いし、シャッタースピードは早いし、メモリーも安くて容量も大きいし、ストロボは1秒間に何回でも光ってくれるし・・・・。場内の一般客までもが、デジカメで気軽に写真を撮っている。
デジカメ時代になって、専門職カメラマンの誇りでもある「シャッターチャンスを狙う」という醍醐味、“プロ根性”が薄らいでしまいそうだ。

技術の進歩で誰でもが手軽に撮れることは素晴らしいことだ。しかし、われわれ素人も、「一瞬のシャッターチャンスを狙う醍醐味」という写真を撮ることの楽しさの一部が実感できなくなったような気がしてきた。

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2009.01.14

“マイクロ水力発電”(小規模水力発電)に、もっと目を向けよう

地球環境問題への関心が深まり、テレビや新聞などのマスメディアは、太陽光発電や風力発電を中心とした新エネルギーを中心に報道している。例によって、「日本は遅れている」「大変だ!大変だ!」などと、連日、大声を上げている。

しかし困ったことに、夕刻から早朝までの約半日は日照がないし、雨や曇りの日も太陽は拝めない。風のない日は風車は回らない。つまり自然エネルギーを頼りにする方法では発電量の予定がたたないという欠点がある。
火力発電や原子力発電は、需要に応じて発電量が制御出来るという長所がある一方で、燃料の調達や原子力アレルギーの問題、環境問題がある。

さて、水力発電というと、佐久間ダムや黒四ダム、あるいは山腹に黒いパイプを這わせた発電所を思い浮かべる。
しかし最近、実に小規模な“マイクロ水力発電所”が実用化され始めているようだ。あまり大きく報道されていないのだが、電力の自給自足、地産地消の意味で、小規模水力発電、小水力発電にもっと注目しても良いと思う。
これからは、大規模集中型の発電ではなく、もっと小規模分散型(あるいは微小規模自己消費型、また埋め込み型)の発電装置の技術開発に目を向けるべきだと思う。

<参考>ブログ「原子力から自然エネルギーへの転換」は こちら
ドイツでのマイクロ水力発電の例をご紹介しています。


以下に、最近耳にした“マイクロ水力発電”の実施例を挙げてみた。

NHK放送センター
東京渋谷にある放送センターで、空調に使われたあとの水が配管を伝って落下するエネルギーを使って発電をしている。その電力は、放送センター内で必要な設備の電力の一部として使われている。最大発電能力は7kWで、2008年5月から行われている。
くわしくは、こちら

京都嵐山の渡月橋
京都の嵐山保勝会が桂川の水を利用して小水力発電を行い、その電力はLED(発光ダイオード)による渡月橋の歩行者用照明として使われている。チェコ製の発電機を使用し、出力は5.5kW、2005年12月に竣工。
くわしくは、こちら

東京都水道局
東京の東村山浄水場の、村山下貯水池と浄水場との間の高低差を利用して水力発電を行い、浄水場で使用する電力の約25%を自家発電で賄っている。発電能力は1,400kWで、2001年4月に設置。
また南千住給水所へ水道水を引き入れるときの余剰圧力と流量を利用して小水力発電を行っている。発電能力は95kWで2005年3月に設置。
くわしくは、こちら

洗面所、トイレ
洗面台の自動水栓(手を蛇口の下に持ってゆくと、それを感知して自動的に水が出る水栓)で水力発電タイプのものは、蛇口から出した水の勢いを利用して内蔵の小型水車を回転させて発電する。その電力を内部に蓄電しておき、、センサーの動作や電磁弁の開閉に必要な電力として使用する。また水力発電機を内蔵した小便器自動洗浄システムも商品化されている。

地域起こし
ミニ水力発電所を作って、地域起こし、観光事業、照明、養魚場・・・・などに電力を自家消費、自己消費する例が増え始めている。

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2009.01.10

大人のアンフェアな行為が子供に伝承され、社会風土を乱してしまう

先日、知人とお喋りをしながら歩いていた。
幅が3mほどの狭い交差点に差し掛かったが、歩行者用の信号は“赤”だった。左右を見て、2人並んで話をしながら渡った。
私が、「信号が“赤”でも、あんまり止まらんよなぁ。子供が立ち止まっていたら、私も渡らんけど・・・・」と言うと、彼、「オレもや。子供が立ち止まって信号が変わるのを待ってたらねぇ。親子連れで立ち止まってたら、まず渡らへん」

「子供は、親の背中を見て育つ」と言われる。親の行動に習いながら、大きくなっていく。親が社会のルールを守らなければ、子供も、社会の慣わしや規律を守ることを身に付けないまま成長して大人になってしまう。

駅の前や商店街の入口には、「ここは自転車は駐車禁止です。直ちに撤去します」と書いてあっても、看板を無視して無数の自転車が止められている。
恥ずかしながら白状するが、私は、子供の頃や学生時代に、“キセル”をしたこともある。
こうした小さな掟破りの“クセ”が身に染み付いてしまうと、大人になっても簡単には抜けない。

「割れ窓理論」というのがある。ビルの空室や空き家などの窓ガラスが割れたまま放置しておくと、やがて町全体が荒んで行き、犯罪が頻発する結果になる。だから窓が割れているという小さなことでも、早く処置しておかないと大きな社会問題に発展してしまう・・・という考え方だ。

子供の頃にする、万引き、授業中の携帯、ネットいじめ、迷惑メール・・・・など、面白半分ですることはさまざま。
こうした子供の頃に憶えた“アンフェアな行為”に慣れてしまうと、大人になっても軽い気持ちで犯罪を犯してしまう。
学校教育が大切なのは言うまでもないが、「共同生活をするための社会のルールを守らないアンフェアなことをするのは、常識ある人間として『恥ずかしいこと』なのだ」と、親が子供に強く教える社会風土を作らないと、軽い事件は根絶しにくい。学校は“勉強の場”なのであって、“躾けをして人格を養う場”は家庭のはずだ。

大人の放置自転車や信号無視などの軽い気持ちの“アンフェアーな行為”が、子供に伝承されて、やがて無秩序な社会を作ってしまう。自分の子供にだけではなく、他人の子供にも伝染する。

連日、嫌な世の中になったなぁと思うような事件が頻発している。
大人の“アンフェアな行為”からは、気持ちの良い社会は生まれない。なにも皆が皆、紳士・淑女にならないまでも、秩序ある気持ちの良い社会を作るには、行政の力では何ともならない。
“おとな”ではなく“大人”になって、率先垂範するしかないと思う。

私も明日からは、以前よりもっと慎重に、子供の目に留まらないように周囲を確認してから、“赤信号”を渡ることにしよう ! ! ! !

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2009.01.01

「ジルベスター・ガラ・コンサート」で新年を迎えました

昨年(2008年)の末は、初めて、兵庫県立芸術文化センターで大晦日の夜に開催されたカウントダウン「ジルベスター・ガラ・コンサート」(Silvester Gala concert)へ行った。

「ジルベスター」はドイツ語で大晦日(聖ジルベスターの日)の意味で、「ガラ・コンサート」は特別記念コンサートの意味。

081231 この演奏会に行ったのは、「年越しのコンサート」として話題にもなっているため、一度覗いてみたかったから。
それにプログラムに、シベリウス作曲のフィンランディアが合唱付で演奏されるからだ。この曲の中ほどに、「フィンランド賛歌」が挿入されているが、以前に私は、男性4部合唱で、しかもフィンランド語で歌ったことがある。今回は日本語なので残念だったが、いつも、この歌を聴くと涙が出るほど感動する。またカール・オルフ作曲の「カルミナ・ブラーナ」も、大編成の混声合唱付で演奏されるというので、その豪壮な演奏をぜひ聴きたかった。
右の写真は、コンサートのちらし(写真をクリックすると拡大)。

コンサートは夜の9時半にスタートし、落語家の桂三枝と指揮者の佐渡裕の掛け合いスタイルで進行してゆく。「ま、年越しなんだから、会場と一体になって楽しくやろうよ」という趣向。出演者の中には、ボランティアで出演していると見受けられる人も多かった。チケットは早くから完売になるほど人気で、超満員状態。ドレスに着飾った淑女もチラホラ。

30分間の休憩時間にはロビーで、一流レストランが出張して開いた屋台で、トリュフ風味で牛タン入りの“年越しソバ”を賞味したり、コンサートの最後に会場も含めてみんなで歌う、童謡「ふるさと」とエルガー作曲の行進曲「威風堂々」の歌唱指導に参加したり、小中高校生で編成されたスーパーキッズオーケストラの演奏を聴いたり。

演奏会の最後には、ステージバックに映し出された大時計を見ながら、15秒前から会場全体で大声でカウントダウンをする。午前零時になると同時に銀のリボンと花吹雪が舞台の両サイドから客席に打ち上げられ、天井から五色の風船が舞い降りて来るなど、賑やかに新年を迎える。
そして、“お約束”の「六甲おろし」を歌いながら阪神タイガースの優勝を祈願して、お開き。

ドイツのベルリン・フィルは古くから「ジルベスター・ガラ・コンサート」を行っており、東京では今年も、渋谷のオーチャードホールで「第14回東急ジルベスター・コンサート」が開催された。こちらの方は夜10時からスタートして新年の0時45分に終わるそうだから、関西の交通事情では終わりが遅すぎる。演奏会は、テレビで生中継された。

帰りの阪急電車・西宮北口駅のプラットフォームで電車を待っていると、ほとんどの人が、会場でお土産にもらった協賛会社アサヒビールの西宮工場製のビールを下げていた。家に帰って早速、いただいたビールで祝杯を挙げた。
“紅白”を見て初詣・・・・という日本古来の過ごし方だけではなく、こうした新年を迎えるスタイルが増え始めているんだなぁと実感した次第。

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