« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »

2008.12.22

「コープこうべ第九コンサート」で歌ってきました

生活協同組合コープこうべの開催による「コープこうべ第九コンサート」で歌ってきた。昨年12月に大阪城ホールで開催された「サントリー 一万人の第九」(指揮は、佐渡裕さん)以来、ベートーヴェンの「第九」を歌うのは1年ぶりになる。

081214 このコンサートは、コープこうべの生活文化活動の一環として1993年にスタートしたもので、今回の第16回は、西宮市にある兵庫県立芸術文化センターの大ホールで12月14日に開催された。客席はほぼ満席の状態。(写真をクリックすると拡大)
合唱団の公募に応募して抽選に当たった一般市民約260名は、12歳の小学生から89歳まで・・・・と言っても、平均年齢は、一見したところ60代後半だろうか。16回の全てに参加している“皆勤賞”の人も10人を超えているようだ。

初めてドイツ語で歌を歌う人、初めてオーケストラをバックに歌を歌う人、学生時代に合唱団に入って活動をしていた人、あちこちのコンサートで歌っている経験豊富な人など、実力は千差万別。夫婦や親子で参加している人も多い。
「第九」の演奏時間は、最初から最後までは60分あまりだが、合唱の部分はおよそ17分しかない。それを歌うために、8月から、ほぼ週に1回の練習を積み重ねてきた。

合唱団の指導は、ソリストも務める実力派の歌手が交代で務め、毎回の練習内容や注意点などを「連絡ノート」に書いて情報を共有していた。一部の参加者は、別にボイストレーニングにも参加していた。

オケは、誕生して5年目の「交響楽団ひびき」で、平均年齢は20歳代後半くらい? 「第九」を演奏するのは、今回が初めてだから、「コープこうべ第九合唱団」とは初顔合わせとなる。

この演奏会の指揮をしたのは、主に関西のオーケストラの指揮をして活躍している31歳の新進気鋭の高谷光信さん。

合唱団のレベルも、練習を重ねるに従って巧くなってゆく。またオケも練習に力が入り、最初のオケ合わせでは若さと堅さが見られたが、本番前日の最終リハーサルの段階になると、呼吸も合い始めた。

実力のあるオーケストラと合唱団が演奏するのなら、すばらしい演奏会になるのは当然のこと。しかし、“若々しさに溢れたオケ”と“足並みの揃わない合唱団”を併せて300人以上を、整った音楽として仕上げるのは至難の業だ。そこに、指揮者としての手腕が問われるというもの。

私が高谷さんの指揮で歌うのは今回が初めてだが、全員の心をまとめあげ、音楽としての表現力が少しでも高められるように、腕を振り、指先を動かし、表情を変え、口を動かし、身体の隅から隅まで工夫を凝らして指揮をされているのが、壇上からとても良く分かった。「こう歌って欲しいんだ」という気持ちが良く伝わり、我々素人にも、とてもついて行きやすい指揮だった。合唱団の気持ちが、少しずつ引き入れられてゆくのが歌いながらも感じられた。
こうした、目的も、経験も、技量も、年齢も全く異なった混成チームの演奏会では、芸術性の前に、統率性が如何に重要なのかを教えられた。
演奏を終わって振り返ってみると、「少し元気を出しすぎ」の合唱になったような反省もあるが、「元気がない」より「元気すぎ」の方が許されるのが「第九」なのかも知れない。

長年、多くの合唱団で歌い演奏会を聴き続けている「辛口コメント大好き」の知人は今回の演奏会を聴き終えて、「技術的なことを言い出すとキリが無いけど、全体として非常に良く纏まっていたと思うよ。オケと合唱団のバランスも良かったし。楽しかった」と、珍しく褒めてくれた。

「第九」の1週間あとの20日、神戸にある甲南大学の交響楽団定期演奏会を聴きに行った。というのは、その高谷さんが客演指揮をするのと、生誕100年を迎えて注目を集めている「貴志康一」の曲を一度聴いてみたかったからだ。
「第九」では高谷さんの指揮ぶりを前から見て歌ったわけだが、今回は会場から背中を見ながら聴いた。寄り合い所帯で“初心者てんこ盛り”の合唱団とは違って、今回の演奏会では、本来のスタイルで指揮をする高谷さんの幅の広さを見ることが出来た。
また、プロの指揮者として音楽の表現以上に欠かせない、“華”を持った人だなと感じた。

演奏会が終わってホールを出ようとすると後から、「あの指揮者、若いのにいい音を出してたねぇ。こないだの○○フィルより、よっぽどいい音が鳴ってたよな」という声が聞こえてきた。
今人気の波に乗っている佐渡裕さんに続いて、関西を拠点に活躍する若手ホープの指揮者、高谷光信さんの将来に期待したいと思いながら、クリスマスのイルミネーションに輝く三宮駅をあとにした。
(高谷さんのホームページは こちら)

| | コメント (0)

2008.12.07

“小中学生専用携帯電話”を作れば全てが解決!

大阪府教委は12月3日、公立小中学校への児童生徒による携帯電話の持ち込みを原則禁止する方針を明らかにした。橋下大阪府知事も、「不要!」と断じた。

その背景として、携帯メールや学校裏サイトへの書き込みによるいじめが絶えないこと、携帯電話への過度の依存によって集中力が低下し学習と健康の妨げになることなどが挙げられている。学力低下に影響しているという意見も聞かれる。

府教委が今年7月に行った調査では、携帯電話所持率は中学生で59%、高校生で91%という結果だった。1日の使用時間を「3時間以上」と答えたのは中1で15.6%、高1で32.6%。1日にメールを51回以上送信する生徒は中1で10.6%、高1で15.9%いた。つまり今や、小中高生の必需品になっている。ただ、所持している生徒の4人に1人は、メールで嫌がらせを受けたことがあるという。

日本PTA全国協議会が今年の5月に公表した2007年度の「子どもとメディアに関する意識調査」の結果を公表した。それによると、中学2年生の半数以上が「深夜でもかまわずメールする」と回答し、2割以上が「メールの返信がないと非常に不安」と回答した。中学生の多くは、メールに振り回される生活を過ごしていることになる。また3割以上の保護者は、「メール機能などの悪用や学校掲示板などによるいじめや恐喝」「学校裏サイトやメールを通じたいじめに心配しており、現在問題となっているに関し、親の心配が高まっている現状も明らかとなっている。
まるで、携帯電話が「諸悪の根源」のような見方をする人もいる。

一方で、携帯電話を持たせることに賛成する父兄もいる。その理由のひとつが、防犯や緊急時の連絡に必要だとするもので、昨今の幼児、児童、生徒らが被害者となる犯罪報道を見ていると、心配なのも良く分かる。

こうした「小中学生に携帯電話を持たせることの是非」の議論や意見をよく考えてみると、「現在市販されている携帯電話」が前提になっていることに気付く。逆に考えれば、既存の携帯電話の概念から離れて、「小中学生専用携帯電話」を作ればいいことになる。
つまり、液晶ディスプレイもテンキーも取り払い、発信先選択ボタンを作って発信先を3個所くらいに限定するなど、機能を大幅に削ぎ落とすという発想だ。むろん、着信はどこからでも出来るようにする。

テンキーも液晶画面も無ければメールは出来ないし、「裏サイト」や「プロフ」にアクセスも出来ない。通話も、保護者や塾の先生など限定した相手にしか掛けられない。「遠距離通学に必要」「塾通いで帰りが遅くなるから持たせてやりたい」などの声が多いが、それは保護者などに連絡が取れれば済むはずだ。GPSを内蔵すれば、父兄などが子供の現在の居所を知ることも出来る。
不必要な、あるいは害を及ぼしそうな機能を取り払った“小中学校バージョン”の「連絡端末」という位置づけになる。これで、問題は全てが解決!

すでに各事業者やメーカーは、キッズケータイと呼ぶ携帯電話を採り入れている。そこでは、発信相手先の限定、防犯ブザー付、緊急ボタンによる特定先への通話、居場所の通報、使用エリアの限定、取り外せないバッテリー、迷惑メールのフィルタリング・・・などの工夫がされている。しかしデザインが小学生向けであったり、付加サービス料金が必要だったりして、かえって高くなる。

液晶ディスプレイもテンキーも取り外すと端末はかなり安くなるし、小型・軽量になる。子供用に限定せず、高齢者にも重宝だ。小中学生市場が縮小しても、少子高齢化社会に向けて将来は、高齢者市場(徘徊老人の探索など)の道が拓けている。
片面は押しボタンだけのケータイ、裏面は定期入れ・・・なんて、簡単なデザインも考えられそうだ。

どこかの携帯電話のメーカーさん、どこかの私立の小中学校と共同開発をされては如何ですか?

| | コメント (0)

« 2008年11月 | トップページ | 2009年1月 »