インフラ整備に求められる国家観と長期的ビジョン
先月、JR東海が、東京ー名古屋を結ぶリニア中央新幹線の建設ルートを固めた。報道によると、建設費や乗車時間などを勘案して、南アルプスを貫通する直線に近いルートで建設する方針だという。
そんなスゴいことが短期間に計画が固められたことに感心していたところ、旧国鉄時代の1974年頃から長きにわたって地形・地質調査を続けていたのだそうだ。
また東海道新幹線のルートは、戦前に計画され1941年に一部着工された東京-下関を結ぶ「弾丸列車計画」のルートの多くが転用された。そのため用地買収やトンネル工事の期間が短縮され、1964年の東京オリンピックに間に合わせて開通することが出来た。
その新幹線も、はや40年を超す。ルートの負荷を軽くするためにも、代替網としてのリニアが求められる時期なのだろう。また航空機との競合もあるに違いない。
黒部川第四発電所、通称「黒四ダム(くろよんダム)」は、1956年に建設を開始し7年後の1963年に完成した。
しかし黒部川が水力発電に適していることは古くから着目されていた。アルミ精錬に必要な電力を供給するため、すでに1918年(大正7年)には本格的に現地調査が開始されていたそうだ。戦争などで中断していたものの、戦後経済の発展に向けて電力不足が課題となり、また頻発する停電に対処するため、関西電力の太田垣社長(当時)の英断により「黒四ダム」の建設事業が再開された。
1985年に通信が自由化されて電信電話公社(電電公社。現NTT)が民営化されるとともに、第二電電(略称:DDI。現KDDI)が誕生した。DDIは、東京ー大阪間の幹線網を構築するのに、道路を掘って敷設する有線網ではなく、マイクロウェーブで中継して結ぶ無線網を利用して実現した。
マイクロウェーブを設置する山の上などの拠点を探すのは大変な作業が必要とされるが、会社を設立して比較的短期間に幹線網が出来た。その理由は、ずっと以前から電電公社が東京ー大阪間のマイクロ回線の基地のルートを調査済みで、その情報を、電気通信事業の民営化の推進派だった当時の電電公社真藤総裁が進言し、DDIが利用出来たからだ。NTTは光ファイバーに切り替え始めていたため、すでにマイクロ回線のルートの情報は必要がなくなっていた。
ヴェトナムで仕事をしている知人が10月末、「連日の大雨のため、ハノイの町中が大洪水になった。仕事はギブアップなんだ」と、写真を送ってくれた(クリックすると拡大)。下水網が未整備で、道路に溜まった水が巧く抜けないのが洪水の原因のひとつだと言う。
“地上”では、著しい経済発展、技術力向上が見られるヴェトナムだが、目に見えない所では、その発展速度にインフラが追いつけない状態のようだ。
都市交通網、航空網、給水網(水道)などのインフラにしても同じ。
これらを見ると、インフラを構築するには、長期間にわたる綿密な現場の調査が必要となることが分かる。だからこそ、国家観に基づいた長期ビジョンが必要とされるのだろう。
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