目の前に突然、“MADE IN OCCUPIED JAPAN”の食器が出現
我が家の朝食は、長年、パン食を続けている。
先日、長年使い続けているパン皿の絵柄を何気なく眺めていて、その彩色が乱れているのが目にとまった。
裏返して見て驚いた。なんと、“MADE IN OCCUPIED JAPAN”と刻印されている。
敗戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)は日本を占領する政策の一環として、日本が輸出する製品には、“MADE IN JAPAN”(日本製)と表示することを許さず、“MADE IN OCCUPIED JAPAN”(メイドイン・オキュパイド・ジャパン 占領統治下の日本製)と刻印することを強制していた。それは、太平洋戦争が終わって2年後の1947(昭和22)年から、サンフランシスコ平和条約が発効した1952(昭和27)年までの約5年間だった。
この時代には、陶磁器のほか、セルロイド製の人形、木やブリキで作ったおもちゃ、カメラや双眼鏡などの光学製品、時計、生活雑貨品などの製品が製造され輸出された。
ブリキのおもちゃの中には、空き缶を利用して作ったものも珍しくない。自動車や船の玩具をバラして内側を見ると、キャンディやケチャップ、オートミール、コーンビーフなどの塗装が残っていたりした。当時は材料にさえ事欠き、進駐軍の基地から流れてきた米国製の缶詰の空き缶を裏返して加工していたわけだ。現在の日本の経済力からすると実感が沸きにくいが、当時の日本は、ほんとうに貧しい国だった。
これらの製品は、戦後の日本の外貨獲得、経済復興におおいに貢献し、やがて今日の経済大国の基礎を築くことになる。
さて、我が家で毎朝、欠かさず使っている皿が、その“MADE IN OCCUPIED JAPAN”の製品であるとは、今まで全く気が付かなかった・・・・と言うか、関心も持たなかった。
右と左の写真は、我が家で普段使っている皿だ。もちろん、昨日も、今朝も。
食器棚を確認してみると、メーカーの裏印(商標)に合わせて、“MADE IN OCCUPIED JAPAN”と刻印された皿などがいくつか見つかった。
外貨を稼ぐための貴重品を、どんな巡り合わせか、我が家の普段の生活で使っているわけだ。
皿の裏側の真ん中に小さく刻印された裏刻の下の“MADE IN OCCUPIED JAPAN”の文字が、当時の製品であることの証だ。
幾度かの引っ越し、毎日毎日の酷使にも、そして阪神淡路大震災の激震にも耐えて、食器棚 → 食卓 → 流し の間を、50年以上にわたって、“歴史の生き証人”として回り続け、我が家で生き抜いてきたことになる。
皿のプリント印刷の部分はまずまずだが、職人が絵筆を使って色を入れた個所は、かなり雑な仕上がりだ。今であれば、海外、国内を問わず、とても市場に出すことは出来ないだろう。戦後の混乱期の社会情勢が目に浮かんでくる。
“MADE IN OCCUPIED JAPAN”と刻印された商品は、「OJ Collectibles」と呼ばれてコレクターも多く、オークションなどでは高額で取引されているそうだ。
だからといって、私と人生を共に生きてきた“食器”を見放して、直ちにネットオークションに出品するなどもってのほか。我が家の仲間として、これからも仲良くしていきたいと思う。
あまり品質の良くない印刷デザインに改めて目をやり、愛着を感じながら、「ありがとう」「これからもよろしく」。







